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~ 話、そんなにそらしたいならキスしてよ。 ~
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■第一話 雪の少女
 
領主の娘、ミーシャはいつも花のような笑顔をふりまいていた。
そのミーシャを失って以来、領主は別人のように変わってしまった。
変わり果てていた。
彼は自然が好きで、休日は野山に娘を連れて遊びに行く。
他界した妻を想わせるその笑顔に、今という時の幸せさを感じる。
面倒見がよく、村の者たちにも気さくに声をかける。
普通なら煙たがられるような領主という立場ではあったが、
彼を慕う者は思いのほか多かった。
そんな彼はもういない。
人との接触は避け、館にこもりきりの日が多くなる。
 
 
 
領主の元へ、身寄りの無い少女が引き取られた。
彼女は屈託のない笑顔を振りまく。
その無邪気な明るいしぐさに、誰もがほほえましい気持ちになる。
領主にとって、そのすべてが癇に障った。
彼女が笑顔でいること、それそのものが不快だった。
 
 
 
少女は非常に真面目だった。
身寄りのない自分を引き取ってくれた領主様なのだ。
これまでうわさでしか聞いたことはなかったけれど、
誰から聞いても嫌な話は聞かない。
下の者にも分け隔てなく接する、いつも穏やかで心やさしい名君という話だった。
そして、一人娘を失ったということも、彼女は聞いていた。
それゆえに、少しでもお役に立てればと、そう思って必死に仕事を覚えようとしていた。
今日は朝の食事の準備の手伝いの仕事を教えられた。
他の使用人たちの指示のもと、せっせと仕事をこなす。
準備が整ったところで、領主を呼びに行くよう言われた。
軽い緊張が走る。服を整えて、失礼の無いように気を使い、
頭の中で何度も慣れない敬語を反復して練習した。
(よし、大丈夫。うまく言えるはず・・・。)
 
『失礼します。領主さま、お食事の準備が整いました。』
明るい笑顔で練習したセリフを言う。
(うん、うまく言えた。)
領主は椅子に座ったまま動かない。
その辺の中空をただぼんやりと見つめているようだ。
『?』
聞こえていないのかな?と小首をかしげる少女。
少しの間を置き、領主はようやくこちらに気づいたのか、
椅子からたちあがりゆっくりと少女の方を振り返る。
『領主様、あのお食事が・・』
『何故笑う?』
『え?』
まったく感情のこもらない領主の声に、彼女は急に背筋に冷たいものを感じた。
自分は何か悪いことをしてしまったのだろうか。
やっぱり田舎者である自分は知らぬ間に何か粗相をしでかしてしまったのだろうか?
ドン。
突如、領主は持っていた杖で少女の腹を力任せに突いた。
『ぐっ、はっ・・・ぐぅ』
思わずうめき声を上げる。何が起きたのかわからない。
『ミーシャが笑わないのにお前が何故笑う。』
冷たい目で見降ろされる。その顔が、ただ恐ろしくてたまらない。
ドン。
今度は頬を殴られた。衝撃で頭が壁に叩きつけられる。
『お前は二度と笑うな。いいな。』
そう言って、無言で立ち去っていった。
 
 
白髪の老人がいる。
彼は領主の父親である。
既に権力は息子に引き継いだ。
親馬鹿かもしれないが、客観的に見ても自分の息子ほどの人格者もいないと思っていた。
跡を継ぐにふさわしい者もいないと思っていた。
そう感じていた。自慢の息子だった。
まさかここまで息子が変わってしまうとは想像していなかったのだ。
息子は誰にも心を開かなくなり、実の父である自分にさえ辛く当った。
屋敷の外に出ることさえ息子に禁じられた。
今では老人も息子を恐れほとんどの時間を自分の部屋で過ごすようになってしまった。
どん!がらがらっ!がん!
廊下から音が聞こえる。
『お前、領主様を怒らせすぎなんだよ・・・いくら掃除してもまた散らかるじゃねーか・・・』
『す、すみません、んぁっ!すみませんっ!』
領主のヒステリーで倒れた棚。とびちったガラス。アザだらけの少女。それを踏みつける使用人。
この館では既に見慣れた日常の図となっていた。
たまらず老人は飛び出す。
『お前らまた!何をやっている!』
『は。もう何の権限も無いお前が言ってもどうにもならないが。
  領主様もお前の言葉に耳なんか貸さないさ。』
『いいから・・・もうやめてくれ』
『はは。まぁいーや。いくよ。そこ、片付けときなさいね。』
大したことは起きていないかのような態度で立ち去っていく。
これだけ騒いでいるのだから、領主の部屋にも聞こえていそうなものだが、
何の反応もない。
『・・・おお、可哀想に。ああ、またこんなアザだらけに・・大丈夫かい?』
ぼろぼろの少女にかけよる。
『うん。平気。』
少女はこくんとうなずく。かすかに表情がゆるんでいた。
 
 
季節は巡り、冬となった。
この地はかなりの豪雪地帯だ。
寒さが凍りつくように増していくとともに、領主の心もいよいよ壊れ始めた。
既に日常と化した領主から少女への暴力。
少女を殴り、蹴り、少女はそれにただ耐える。
笑っても、泣いても、声をあげても殴られる。
少女はただ、なされるがままに、何も反応しないすべを身に付けた。
表情を変えることも、声を出すことも、そのやり方さえ既にわからなくなっていた。
暴力は、領主が疲れきって部屋に戻るそのときまで続いた。
領主が戻った時点で、ようやく使用人からのイジメが始まる。
これを耐えきれば一日分の試練は終わる。
 
 
老人は、決意した。
風もなくしんしんと雪が降り続ける冬のある日、老人は少女の部屋を訪れた。
これまでも、老人は少女のためにお菓子や少女が好みそうな本を持って訪れていた。
しかし、今日は違った。
 
老人は少女が唯一心を許す存在。
その老人が入ってきても、もう少女は微笑むことさえない。
言葉も、もう話せない。
アザだらけの少女は、ただ人形のように、宙を見つめるだけだった。
『ああ、お前はもう二度と笑うことは無いのだろうね。その笑顔を取り戻すことは、
  何があってももう無理だろう。本当に・・・本当に・・・すまない。
  しかしワシは、お前が再び笑うことは無理でも、せめて肉体の苦痛だけは、
  取り戻してあげたいのだよ』
少女に反応はない。
老人は無言で少女の前に一枚の紙を差し出す。
そこには小さく文字が書かれていた。
『さあ、この文字を声に出して読んでみなさい。今のお前に最も必要な、
  お前を助けてくれる魔法の言葉だ。』
少女に言葉が伝わったのか、少女は紙を受け取る。
『・・・ぁ・・・ぅぁ・・・』
長らく声を出していない彼女はうまく発声ができない。
『・・・あ・・・くぁうぁ・・』
『頑張れ。大丈夫、お前なら、絶対に唱えられる。』
『・・・・・・』
『・・・頑張れ!』
『・・・・・・・・ザ・・キ・・』
その瞬間、自分の体から何かが解き放たれたような、何かが飛び出したような、
そんな感覚を覚える。
と同時に、目の前にいる大好きなおじいちゃんの、目から鼻から耳から口から、鮮血が吹き出した。
『!!??』
『ぐはっ、はぁ、がはっ。はぁっ。・・・やっぱり、お前には使えたな。
  この呪文は本当に簡単なんだ。ただその二文字を呟くだけで誰でも使うことができる。
  ただし、本当に心の優しい者だけしか使えない。
  神様ってのは本当に残酷だよなぁ。人を殺したその後で、本当に心が痛む者しか
  こんな呪文を使えないなんて。
  ・・・この呪文でココから逃げてくれ。
  そしてあのバカ息子を・・・殺して・・・楽にしてあげてくれ。すまない。』
『あああああ!!!うあああああ!!』
 
 
 
何時間がたっただろう。
おじいちゃんは、しんだ。
大好きだった、優しかったおじいちゃん。
私が殺したおじいちゃん。
私の言葉で。
どうしたらいいかわからず、何時間もただ死体にしがみついているだけだった。
少女の白い服は老人の血に染まり、赤と白がきれいにまじりあっていた。
ふいに少女は顔をあげ、何かを決意したように立ち上がり部屋を出て行った。
 
『・・・お前、今まで何をしていた。』
領主はそう言いながら杖で少女の頬を打つ。
(これが、領主様との最後のやりとり・・・)
そう思うと、すーっと一筋の涙が流れた。勝手にあふれ出たのだ。
『涙・・・? お前・・・泣いていいなど誰が許可した!』
思い切り振り上げる杖。そしてそれを振り下ろす。しかしそれが振り下ろされるその前に
『ザキ』
また、体から何かが飛び出すような感覚。
と同時に、目の前にいる領主の、顔中から鮮血があふれ出した。
『な・・・?あ・・・』
どさっとその場に倒れる領主。
あっという間の出来事だった。
あれだけ執拗に少女をいたぶり、罵り、表情も、声も、感情も、すべてを奪ったその元凶が、
一瞬前までは怒鳴りながら杖を奮っていたあの領主が、
こうもあっさりと肉の塊になった。
少女は歩き、領主の前に立った。
足元には真っ赤な血をまとって動かなくなった領主。
あの恐怖の対象が、ただ赤く動かない。
少女は右足を振り上げる。
ぐしゃ。
思い切り振り下ろされた右足が領主の顔面を踏み抜いた。
ぐしゃ。ぐしゃ。ぐしゃ。
ただ領主の顔面を踏むためだけに生まれた機械のように、
少女はただ同じ動作を繰り返した。
顔の形は既に無く、少女の足もヒビが入っていてもおかしくない。

いったい何分間繰り返しただろうか。
突如その動きが止まる。
ふいに少女は戸棚に向かって歩き、写真立てを手に取る。
そこには花のような笑顔の、領主の娘ミーシャが写っていた。
じっとミーシャを見つめる。
少女はそれを領主の手にそっと握らせた。

再び頬を伝う涙。
その涙の理由など、何もわからない。
少女はそれをぬぐうこともなく、ただ無言でその場を立ち去った。
 
 
少女は屋敷に住む全ての者に対し、領主に発した言葉と同じ言葉を呟いた。 
一人残らず平等に。 
少女は暖炉の火を屋敷に放つ。 
小屋で見つけた、恐らくはミーシャのものであろう白いコートと手袋、ブーツを身にまとい、 
真っ赤に燃える悪魔の城から白い雪の世界へと向かい、歩き始めた。
 
 
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