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~ 話、そんなにそらしたいならキスしてよ。 ~
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■第4話 出会い
 
ユウは呟いた。
『興味をそそる。一体「アレ」はどんなプロセスを歩んであの殺気を抱くに至ったか。
  どんな思想を抱くに至ったか。その背景にある物語に、俺は興味がある。』
二人は少女の殺気を受けて警戒態勢をとる。
即動けるよう精神を集中させ、勇者からの絶対命令を静かに待つ。
その瞬間、二人の背後から圧倒的殺気が放たれた。
まるで恐怖が突風となって吹いたかのような感覚に、思わず二人も振り返る。
あの少女の殺気を相殺できるほどの、勝るとも劣らない膨大な精神量。
その殺気はむろん、我らが勇者のそれだった。
勇者は下を向き、前髪で顔が隠れているため目元は見えないが、口元は確実に笑っていた。
『殺せ。』
『おう!』『おう!』
命令が発せられると同時に、二人は全力で飛び出していった。
黒装束改め黒コートの男は右前方に。
黒帽子の女は左前方に。
後方にいる勇者を起点としてV字型の布陣。
この型こそ、このパーティの基本戦術にして必勝の構図であった。
『キングとはむやみに動かないもんだ。冷静に全体を把握し、的確な指示をし、
  回復などのフォローにまわる。王が前にでるような組織では・・・最後には決して勝てないよ。』
冷静に戦局を見渡す。少女はゆっくりこちらに歩を進めるだけで、まだ何もして来ない。
『能力の未知数の相手には、まずは先手を取っての最大攻撃。』
右前方から疾風の如く少女に迫る黒コートの男。
フェイントも何もなく、ただ速過ぎるその速度で直進する。
(『殺せ』って命令、か。ユウはあのコに対し「興味がある」と言った。
  できれば生け捕りにしたいはず。その上での殺せという指示。
  ユウの目から見てもそのレベルだってことだ。
  相手の命を惜しんでは・・・こっちがヤバイ。)
目で追い切れないほどの速度で少女との距離が詰まっていく。
少女はまだ歩いているだけ。少女の間合いまではまだ遠い。
少女は獲物がその間合いに入るまでただ待っている。。。
『ギラ!』
左前方から少女の周りに向け熱線が発射された。。
『!?』
直接は少女に当たっていない。が、目の前の雪にぶつかり大量の湯気が発生する。
少女の動きが止まった。
『うん、この目くらましでヤツは二人を見失ったろう。
  後はウチの忍者クンが間合いを詰めれば終わりだが・・果たして?』
少女は湯気を払い、周りを確認する。
瞬間、目の前に黒い長身の男が現れた。
反射的に少女は両腕を大きく振り上げ上段をガードする。
(甘い!ボディがガラ空きだぜ!)
痛烈なボディブローが少女の脇腹にヒットする。
そのまま10数メートルは吹っ飛ばされ、雪上をごろごろと転がりうつぶせに倒れた。
腹のダメージのため、げほっげほっと咳き込み苦しんでいる。
 
『?・・・あの娘・・・ガードが不自然か? 顔だけ守ったような・・・。
  アイツにワザとボディを打たせた?』
 
黒コートの男は手を緩めることなく、即座に少女に向かって突撃を再開する。
(ココで手を緩めて何度ユウに叱られたことか。)
 
少女のダメージは大きい。
必死で片腕をつき起き上がろうとしつつ、呼吸を整えようとする。
視線の先に再び向かってくる黒い影が見える。
呼吸はまだ整わない。
(・・・ラリホー)
 
『ぐっ・・・これは・・・ラリホーか』
強制睡眠魔法。
しかし彼ほどの使い手が完全に眠りにおちることはほとんどない。
よくて数秒、動きを鈍らせる程度だろう。
しかし戦場での数秒は、体勢を整えるのには充分な時間だ。
 
『あいつの動きが止まった・・・?何だ?ラリホーか・・・?
  あのボディを食らった直後に詠唱したのか! なんて奴だ。』
 
『メラ!』
左前方から、少女めがけて炎の球が飛び出す。
今度は目くらましではない、直接ダメージを狙ったものだ。
ドン。ちょうど立ち上がった少女の右半身に直撃する。
直撃の衝撃で一瞬よろける少女。
しかし何事もなかったように、黒コートの男の方を見つめる。
メラが発せられた方角を振り返ることさえしない。
『き、効いてないの?』
 
『効いていないのか・・。特殊な呪詛で編まれた宝具でもまとっているのか?
  いや、違うな。右腕も髪も明らかに燃えている。肌もただれている。
  ははっ。あれはただ・・・己の肉体の破損に興味が無いのだ!
  ・・・これは、相当ヤバいな。』
奴の次の行動。
相手の攻撃を防御を考えず受けきった後に来るのは当然、・・・最強の攻撃。
逆にいえば・・・それを受けきれば勝てる。
ユウは右腕に魔力を溜める。これから攻撃されるであろうアイツへかけるための
べホイミの準備だ。
『これがこの陣形の強み。戦況を把握でき、敵・味方の状態を管理し、回復のフォローも容易。
  ふふ・・・さて、ついに奴の切り札が見れるな。一体どんな攻撃魔法か。』
 
少女は右半身に炎をまとったまま、視界に黒コートをとらえる。
彼は既にラリホーの呪いをほぼ解除していた。
『こんなん、足止めにもならなかったぜ!』
再び全力で少女に迫る。
少女の呼吸は・・・整った。
『悪く思うな!』
黒コートの男は少女の眼前に迫り、こぶしを振り上げる。
勇者は手をかざしベホイミの構えをとる。
少女は一言呟いた。
『・・・ザキ。』
どさささー。
勢いのあまり黒いコートの男は何度も回転しながら少女の横を通り過ぎていき、
うつぶせに倒れ、二度と動くことはなかった。
『え?』『え?』
 
二人はこの意外すぎる結末に言葉を失う。
『な・・・に? なんだ?死んだ?そんなまさか。
  ザキ?よく聞こえなかったな。ザキだと?そんな・・・マズい!』
 
『え・・・、死んだ?即死する魔法?そんなの聞いたことない!
  それよりも・・・今のは魔法?そんなはずない!
  いや、絶対おかしい!魔法じゃない。「タメが無い」なんてありえない!』
少女は、死体となった男に目線さえやらず、ぐるりと魔法使いの方に首を向けた。
『ギラ!』
黒帽子の女からの閃光が再び少女を襲う。
『よし、よく反応した!それでいい!』
ユウから黒帽子への激励が飛ぶ。
「動揺」から「攻撃」までの切り替えの速度。
これはジャンルを問わず、全ての業界において奥義となりうるのだ。
 
彼女の放ったギラは、少女を取り囲むようにもえさかる。
『当たった・・・でもこの後はどうしたら・・・』
ばっと勢いよく炎の中から白い塊が飛び出してきた。
炎を避けるでも消すでもなく、炎をまとったまま直線的に炎の中を通り
敵に向かって走ってきたのだ。
少女と魔法使いの目が合った。
(まずい、間に合わない!)
死を覚悟しながらも呪文を唱える。
『ギ・・・』
『ザ・・・ぐっ!』
『そこまでだ。』
 
さっそうと現れた男。
この土壇場で現れることができる。
これこそがまさに勇者の資質の証明だった。
あの呪文が普通ではないと認識した瞬間、一気に間合いを詰めにいった。
ユウは左手で少女の喉を鷲掴みにし、少女の足が浮くほどに持ち上げている。
『ぐ・・・げほっ』
苦しそうにもがく少女。しかしこうなってしまっては、少女のパワーでは勝負にもならない。
勇者が後ろを振り返りもせずに親指を立てる。
ココはまかせろというサインだろう。
『助かった・・・ありがと。』
そういっておそらくは死んでしまったであろう恋人の元へ走っていく。
 
『ふふ。キング自らが動くことも時には必要。俺自身が最強の兵でもあるが故に、
  この布陣は完成しているんだ。
  ・・・だが俺という切り札までつかわせたお前はすげーよ。初見から興味を持っていた。
  その殺気、その容姿、その呪文。
  そしてお前の哲学。』
少女はただ苦しそうにもがいている。
ユウはそんな少女の喉をつかんで持ち上げたまま、しばらくじーっと眺める。
アルカイックスマイルを浮かべながら。
『お前の考えを話してもらいたいのは山々だが・・・この手を離すと例の呪文が来る・・・か。』
 
『あいつ・・・やっぱり死んでたよ。』
黒帽子が黒コートを担いで戻ってきた。
『・・・そうか。』
周りの空気が重くなる。
彼女はいつになく重い、真剣な表情で口を開いた。
『もう状況が変わったよ。「あるならあった方がいいよね」なんて、絶対言わせない。』
その表情には覚悟があった。
決意。そして不安と信頼。
複雑な心境を押さえつけ、ただユウの返答を待つ。
『当然だ。この件が片付いたら次はザオラルだ。必ず手に入れる。』
がくっと緊張が弛緩し、黒いとんがり帽子がずるっとずれる。
『・・・そかぁ。良かったぁ。なんか安心して力抜けちゃった。
  ユウのこと理解してるし信じてるんだけど・・・ユウは本当の鬼だからさ。
  もしもアイツのこと見切られたらどうしようって・・・思っちゃったんだ。
  わたし最低だね。本当にごめん。』
『それでいい。人を疑うのは悪くない。勝手に信じて裏切られたということの方が
  悪いに決まってる。自分の意思で、ちゃんと考えるんだ。』
『うん、ありがと。』
そうお礼を言って下を向く。
数秒間その体制のままじっと動かない。
数秒後、ぱっと顔をあげる。
『うん、考えた。覚悟ができたよ。
  ユウがどんな人間でも、裏切られたとは思わない。ただ私がユウに賭けただけだから。
  ユウに賭ける覚悟ができた。
  ・・・私たちは、ずっとユウについてくよ。』
ユウは迷うことなく返答する。
『まかせろ。』
こんな戦場での、まだ戦闘中のいっときにもかかわらず、
このパーティにとって最大の契約が成立した。
何物にも代えがたい、永久に続く無償の信頼。
そう無償の信頼。
人間の心を持っていては絶対にありえない、対価を求めない永遠の忠誠。
これ以上に尊いものなど。これ以上に狂ったものなど。
他にあるのだろうか。
 
『あはは。まかせろ、かぁ。かっこいーもんだね^^
  てゆかコイツどーしよっか?
  ザオラル手に入れるまで時間かかるだろうし。それまでもってけないよね?
  こいつでかいし。』
『ああ、そこに埋めといてくれ。ココの土地は半年は雪が解けない。
  腐ることもないだろう。うん、そこに宿屋があるな。目印になる。
  場所がわからなくなったらこのあたり一帯にベキラマかけて溶かせばいい。』
『え?それあたしに覚えろって言ってる?』
『俺がザオラル使えるレベルまで上げるんだぜ?お前はベギラゴン使えてても
  おかしくはないさ。』
『あははそっか。了解!頑張る!』
どさっと担いでいた死体を落としざっざっと雪をかけていく。
作業をしながらユウに話しかける。
『そう、ところでそのコの例の奴。』
『ザキの話か。』
二人とも真剣な顔で話し始める。
『うん、あれ・・・なんなの?
  タメが少ないんじゃない。ゼロだった。そんな呪文も流派も、聞いたことないよ。』
 
呪文とは、流派によりその唱え方は多種多様である。
長い詠唱を必要とするもの。
特定の構えから呪文を発動するもの。
魔法力を時間をかけてためるもの。
魔法陣や魔法書を用いるもの。
詠唱するタイプでも声自体を必ず出すタイプや脳内で念じるだけでいいタイプなどさまざまだ。
一般に声に出す方が難易度が低く、威力も大きくなる。
「言霊」という概念があるように、言葉とはそれそのものに力を秘めているのだ。
何にせよ、どの流派にも共通して必要なのは『魔法力を練りだす時間』なのだ。
流派の違いとは、とどのつまり、魔法力をどうやって練りだすかの違いなのである。
 
『そうだな。だからこれは正確には魔法じゃない。呪いの言葉だ。
  ただ、「ザ」と「キ」を声に出すだけで発動する呪いの言葉だ。
  ほとんど文献もなくてな。古い本にちょろっと書いてあっただけだったんで、
  俺も実在するなんて思わなかったし、今日聞くまで完全に忘れていた。』
『・・・』
『その本によると、
 「発声するだけで使用できる。ただし使用できる者には条件がある」らしい。』
『どんな?』
『「人の幸せを願う者であること」だそうだ。』
『・・・』
 
未だ喉を持ち上げられ、宙釣りの状態の少女。
『おっと、これ以上このままだとホントに死んでしまうかも知れないな。』
そういって右手で腰から黒い塊を取り出す。
それは静かに、冷たく光っていた。
それを見たことが無い者でも、それが殺人兵器だと感じさせる冷たさがあった。
『これは知っているか?一昔前に一瞬世に出たことがあるんだが・・・
  お前の年代じゃあ知らないかも知れないな。
  これは鉄砲ってもんだ。』
少女の目の前に鉄砲をかざし、しっかりと見せる。
そしてその鉄砲で近くにある小石を打ち抜いて見せた。
小石はきれいに四散する。
『見ての通りの威力だ。人くらいなら簡単に殺せる。
  しかし、メラより遅いし威力も弱いってんで開発が中止になったんだな。
  馬鹿なもんだぜ。確かにいざって時にはどうしたって魔法のが強いぜ?
  だからこそだ。いざって時に魔力を残せるよう、できるだけこーゆう武器を
  使うべきだと思わないかい?お譲ちゃん。』
少女を静かに地面に下ろす。
左手は喉を押えたまま、右手の銃を少女のこめかみにあてがう。
ひやりとした鉄の冷たさが、少女の頭に伝わってくる。
『これから喉から手を離してやる。その代わりザキは使うな。
  もし「ザ」という発声が聞こえたらその瞬間お前のこめかみを打ち抜く。
  脅しではなく、必ず打つ。
  例え「ザリガニ」って言おうとした場合の「ザ」だったとしてもだ。
  だから、充分に注意して話すんだぜ・・・。』
少女の目は無反応。
気にせずユウは静かに喉から手を離す。
『げほっげほっ・・はぁっはぁっ』
やはり苦しかったのだろう。喉を押さえながら呼吸を整える。
『では聞こうか。お前の・・』
『ザ・・・』
ゴッ。
「ザ」が聞こえた瞬間、ユウの左拳が少女の顔面を殴りつける。
2,3歩下がって倒れそうになる少女。しかしそれをなんとかこらえ顔を上げる。
『ぐっ・・・はぁっ・・・ザ』
どん! 
腹部を思いっきり蹴りあげられた。
体が浮き上がるとほぼ同時にふたたび上から鉄拳が顔面に叩きつけられる。
地面にあおむけに叩きつけられた。
背中から落ちたため、彼女は呼吸ができない。
ユウはトドメとばかりに既にぼろぼろの少女の腹を思い切り踏みつけ、
そのままの体勢から、銃を彼女の口の中に強引に突っ込んだ。
無理矢理突っ込んだため、少女の口が切れ血がにじむ。
ユウが息を切らしながら、真剣に、興奮気味に、言った。
『はぁっ、はぁっ、さすがだよお前!!
  いや、俺は見くびっていた!まさかココまで保身を考えないとはな!
  はぁっ、はぁっ。・・・ふぅ。甘いのは俺の方だった。
  勉強になったよ。心から反省する。』
 
外から見ていた黒帽子の魔法使いは唖然としていた。
この状況下で、反撃にでるとは予想だにしていなかった。
単純に怖い。自分たちの残酷さ、非情さとは別の恐怖を、この娘は持っている。
 
しかしそれとは別に彼女が気になったことはもう一つ。

(まさか打たずに殴るなんてね・・・。)
 
 
『ますますお前の話を聞きたくなったな。
  しかしどんなに脅してもお前は口があるうちは「ザキ」を発声するのだろう・・・』
ユウは後ろを振り向いて言う。
『なぁ、ちょっとアレ使ってくれないか?』
『あ、そだね。』
 
 
マホトラ。
それは敵単体からマジックパワーを吸収するという異端の技だ。
魔法使いに取って貴重な財産であるマジックパワー、
それを吸収できるというのは非常に魅力的な存在だ。
しかしながら一度に吸収できるMPは、せいぜい通常クラスの魔法一回分が関の山。
故に、実践ではなかなかにして実用性が低い。
何故なら、「吸収」して「魔法攻撃」の2ターンを消費する間に
敵からの攻撃を余儀なくされるからだ。
そのリスクを冒して得られるMPが魔法一回分。
割りに合わないケースの方が多いためあまり好んで使う術師はいない。
 
 
彼女は前に歩きだす。
拳銃をくわえさせられながら地面にあおむけになっている少女の前まで来て、
しゃがみ、少女の額に手を添えた。
手に魔力がこもって行くのが遠目にもわかる。
 
『マホトラ、ゼロ式』
彼女はそういうと同時に額を全力で鷲掴みにし魔力の吸収を開始する。
『あっ!うあ・・・ああああああ!』
青く光った手のひらに、何かが勢いよく流れ込んでくる。
少女は自分の全身の力がどんどん失われていくのを実感する。
食らってみなければ決してわからない、魔力が奪われていくことへの恐怖。
 
『相変わらず見事なもんだ。コレがあるから、お前は超一流なんだ。』
 
 
 
魔法使いの入門は、メラから始まる。
メラを覚えた魔法使いは、それぞれ自分のカリキュラムを考えスキルを磨いていく。
基本である、ヒャド、ギラの修行をする者。
パーティをフォローする事を優先し、スカラやリレミトの修行をする者。
はたまたメラ系だけに絞り、一足飛びでメラミの習得を目指し狂ったように自身を鍛える者。
人それぞれ様々な道がある。
しかし彼女が迷わず選んだのは他の誰とも異なる道。
マホトラの習得だった。
彼女はヒャドやギラには目もくれず、ひたすらマホトラの修行を繰り返した。
元から才能のあるほうだった彼女は、無事マホトラを習得できた。
それでも彼女はそれをやめることはなかった。
同期の魔法学生は、既にヒャド、ギラをマスターしつつあり、
早い者は他の間接魔法の修行に取りかかろうとしている者もいた。
それでも彼女は焦るそぶりもない。
ただ黙々とマホトラだけを学び続けた。
人にどんな否定されても、アドバイスを受けても、皮肉を言われても、
ただ黙々と続けた。
一人の少年がそれを見かけた。
彼女は来る日も来る日も同じことしか行わない。
彼はその見習い魔法使いの哲学を、彼女の言葉で聞きたくなった。
『こんにちは。はじめまして。
  あなたはいつもマホトラの修行ばかりしているんですね。
  それも、既にとても上手に見える。
  僕は魔法は専門ではないですけど、それでも明らかにあなたのレベルは「極めてる」と
  言ってよいレベルのように思えます。
  何故、あなたはそれでも続けるのですか?』
いきなり物陰から現れた少年がいきなり語りだし質問してくる。
少女は修行の手を止め、ぽかんとした表情で聞いていた。
誰なの?
てゆか、いつも見てたって?
ヤバい人じゃないのこの人?
ストーカー?
それでも彼が冗談で言っているわけではないというのは伝わった。
少なくとも今の質問に関して、彼は伊達や酔狂で聞いているのではなく、
真剣な気持ちが根底にあるというのは、子供ながらに理解できた。
理屈ではなく、何かが伝わったのだ。
そういう意味で、非常に不思議な少年だった。
だから彼女は、誰であるかを問いただすこともせずに、
いつも思っていることを真面目に答えた。
『続けるよ。魔法使いに一番必要なのは、強力な呪文を覚えることじゃないもん。』
『ほほう。一番必要なのは何だと考えますか?』
大人びた、真剣なまなざしで、少年は尋ねる。
少女は、自信を持った表情で答える。
『・・・一番必要なのは、無限に尽きないマジックパワー。』
『なるほどね。』
『タイマンと戦争は違う。別に、一対一で勝つ必要はない。
  戦争は、相手が一人ではないし、当然長期戦になる。
  同じレベルの戦力をもった戦士と魔法使いがいたとするじゃない?
  昼間は同じ攻撃力をたもっていても、夜まで戦が長引けばMPが切れた魔法使いはゴミ同然。
  でも・・・切れることないMPを持った魔法使いがいたならば。
  全体がけのできる攻撃魔法と、多種多様な間接魔法とを持っている分、魔法使いが上回る!』
『納得できます。すごく僕の好きな考え方ですね。』
少年が、ようやく少年らしいらんらんとした表情を見せる。
『あらそ?』
彼女はそっけない返事。
しかし内心は驚いていた。今まで自分の話をまともに聞こうとした者さえいなかったのだ。
ゆえにココまでちゃんと考えを伝えられたのも、これが初めてのことだった。
大多数の魔法使いが、頭ごなしにギラを覚えろ、ヒャドを学べというだけだった。
『もうひとつ聞いていいですか?』
『ん?』
『そこまで鍛えて最強と言える魔法使いになったとして、あなたは何をしたいんですか?』
少年が大人びた冷静な口調でいった。
しかし少女の目には、彼の表情がどこかそわそわと興奮気味であるのを無理に抑えているような、
そんな表情に映った。 
少女は先ほどと同じように真剣に答える。
『ん~、できれば世界を良くしたい。でもそんな方法があるかはわからない。
  わたし馬鹿だしね。でも、それがあったとき、何かをなすためには
  やっぱり最後は力技が必要なのかって思う。人が傷つけあうのはやだし、
  できれば戦争なんて無い方がいいけど、それでも最後は力になるのかなって。
  暴力無しに片付けばもちろんいい。方法を見つけた人がいたら教えてほしい。
  でもそれができない場合のために。
  暴力はいくらあっても損はない。』
少年は・・・満足げな表情だった。
『うん、好きな考え方です。やはり僕には人を見る目がある。自信がつきました。』
『何よそれw』
少年は思わせぶりに少々間をとり・・・そしてこう言った。
『単刀直入に言います。僕は君が欲しいです。』
ぱちくり、と目を瞬きさせる魔法使いの女の子。
『へ・・・? わ、私と、つ、付き合いたいってこと?
  でででもそんな、今日会ったばかりだしそれに』
『いいえ、違います。僕のパーティに入ってほしいんです。魔法使いとして。』
『・・・』
相手の誤解をすっぱりと否定した少年。
女の子は自分が勝手に勘違いして照れてしまったことに、なんだか不思議と頭にくる感覚を覚える。
そんな女の子にかまわず、少年は口説き続ける。
『僕は、近い将来、勇者になります。
  あなたの力が欲しい。
  最近、僕は優秀な忍者を仲間に入れました。
  次は君のような魔法使いが欲しい。
  戦いを「戦争」で捉えることができて、
  平和のための暴力の必要性を勧善懲悪ではなく考えられるあなたが。』
『・・・』
『おまけにその魔法使いは「無限のマジックパワー」の習得を目指している。
  絶対に手に入れたいです。』
相手の目をじっと見つめ、強い口調で言う。
同年代でこれだけのオーラを持った人間がいるなんて。
『で、でも別にあなたがホントに勇者になるかわからないし・・・、
  あ、あなたはわたしの好みのタイプでもないし・・・』
『どういった人が好みですか?』
『えっと、もっと背が高くて~、力強い武闘家タイプかな^^』
『ああ、それは良かった!僕の仲間はちょうどそんなタイプです!
  顔もいいですし、きっと好きになりますよ!』
『え?あれ、お仲間さんは忍者じゃなかったっけ?』
『はい。でも、イメージはぴったりです。きっとあなたは好きになりますし、
  彼も君を好きになりそうです。』
『・・・』
『そして、僕は必ず勇者となります。世界をこの手で動かせるだけの勇者に。』
『うーん、で、でもさっ、急にそんなこと言われても・・・』
『そうですよね。だから予約です。
  近い将来、必ず迎えに来ます。
  勇者として成長した僕と、イケメン忍者になった彼と』
『んー。んー。』
もじもじ困っている姿が愛らしい。
『だから、それまで誰とも組まないでください。僕が・・・』
またもったいぶるようにタメを作って・・・決め台詞を言う。
『僕が必ず、世界を変えます。』
彼女の目をじっと見据える。
『そしてそのために、あなたという存在が、僕は欲しいんです。』
見つめられた彼女は困っているが・・・。
『・・・わかった。でも、全然期待はずれだったら組まないからね?』
『ええ、それでいいです。もちろん、それはありえない仮定ですけどね。』
『あはは、ホント自信家なんだね。でもなんかちょっと気に入ってきたかも^^』
『良かった!僕もおかげでやる気がでます。
  じゃあ君の期待を裏切らないよう頑張りますよ。
  では、またね。』
『うん! またねー☆』
 
勇者と魔法使いの、初めての出会いであった。
 
 
少女の体から激流の河が逆流するようにマジックパワーが吸い取られていく。
ユウは少女から銃口を外し、離れ、その様を楽しむようにゆっくり見ていた。
『マホトラゼロ式、か。
  直接相手の頭部に触れて発動させることで、「全ての」MPを吸い取ってしまう奥義。
  考えれば思いつきそうなものでもあるが・・・今まで誰も考えた者はいなかった。
  さすがだよ。固定観念を捨て、魔法使いに最も必要なものを考え修行し続けたおまえは、
  まさに超一流だ。こんな女を一人にしとくわけにはいかねぇよな。もったいねぇ。
  ・・・ザオラルだけは・・・必ず。』
青い光がすーっと消えていく。
黒帽子の魔法使いはMPを吸収したためか、やや満足げな表情で立ち上がる。
『早いな。もう吸い取りきったのか?』
『うん、あの恐ろしいポテンシャルの割には、まだMPはそんなにないみたい、このコ。
  ざっとギラ7、8発分ってとこかな。』
『・・・そうか、なるほど。俺の話覚えてるか?噂では6人以上だと殺されないってやつ』
『うん、馬車で話してた奴だよね・・・あ!』
『そう、最大MPの縛りだったんだな。だぶん。ザキ5回分くらいのMPしか
  まだないってことか。』
『なるほどー、納得だね。』
少女はよろめきながらふらつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
『さすがにもう何もできないだろう。なぁ、俺は君のことに興味があるんだ。
  話してくれないか?まずは君のこの行動の理由を。』
しばらくだまってユウを見つめていた。
そしてしばらくして意を決したように口を開く。
『・・・ぁあ・・・うあ・・・』
少女は声を上げようとするがうめき声のようなものが漏れるだけだった。
『あれ、このコ・・・』
『ああ、声が不自由なのか。これでは話を聞けないな・・』
『あー、あー。あー。あー。』
少女はなおも声を出そうとする。
『ああ、すまない。知らぬとはいえ悪いことを言ったよ。無理に話そうとしなくてもいいさ。』
『・・・うあー、あー!・・・まー!まー!』
何か違和感を感じる。
言葉が不自由でうまくいえていない、というのとは別な何かを。
『なんだ?なにかおかしいような?おい、別にもう無理しなくていいって。
  まさか、これが何か仲間を呼ぶ合図だったりしねーだろうな?』
『え、でもこれってなんか・・・発声練習でもしてるみたいな・・・』
『発声練習・・・?・・・まさか!』
突如少女は後ろへ飛び下がる。と同時に。
『マホトラーー!!!』
勇者の体から青い光が発する。
『ぐぅっ!!コイツ!!』
ユウは即座に間合いを詰める。
隣の彼女はギラの詠唱。
しかしそれよりも早く。
『ザキ。』
 
どくん。
 
テレビのスイッチを切るように。
突然世界がばちんっと暗くなった。
ココはなんだ。ただ暗い。
いや、それだけじゃない。この感覚は?
感覚?感覚って何だ?
暗いだけなのか?見えない?聞こえない?
そういえば俺の手はどうした?足は?
あるのかさえわからない。いや、わかるってなんだ?
脳はどうした?俺はなんだ!?
俺はどうなった!?
・・・死。
突如理屈抜きに認識できた。
これが死。
これが・・・死かぁ。
何もできない。何も感じない。何も認識できない。
・・・。
嫌だ。死にたくはない。
俺は、まだやらなければならないことが!
俺でなくてはだめなんだ!俺以外に。俺以外に誰も!
俺が!俺が!俺が!!
生きなければ!俺が!!
何はなくとも俺でなくては!!!
死にたくない死にたくない死にたくない!!!
幾千幾万の屍を超えてでも、俺が生きなければ!
俺が生き抜いてなさなければ!!俺が!俺が!!
例え全ての命を殺すことになってでも俺が全ての命を救わなければ!
俺が!俺が!俺が!
誰が、誰がやってくれるというんだ!!
俺が!!
ココは嫌だ!怖い!寒い!暗い!淋しい!
死にたくない!
・・・ああああ!

・・・ああ。生きたい。
 
 
ぱりん。

 
何かが砕ける音が聞こえた。
・・・聞こえた?聞ける?
すぅーっと目の前が白くなり、
次の瞬間、目の前に白い少女がいるのを認識できた。
ふらりとよろめき倒れそうになる。
だん、と右足を出して踏見とどまった。
(動く。おれの足!手も・・・動いた。目も見える。音も聞こえる!
 ・・・これが生!生の味だ!!これが・・・これが・・・)



生きてるっていう事!!!

 
 
(あ、あれは・・・命の石。あの時村のおじーさんからユウが騙し取った石。
 「たった一度だけ命を救う」って・・・まさか対ザキ用の宝具だったなんて。)

ユウの首からぶら下がる青い石が、 その半分が綺麗に砕け雪の上に飛び散った。
 
ユウは顔をあげた。
その顔をまさに鬼のような表情で、口元は笑っていた。
前に出した右足を軸に一気に加速する。
死んだはずの人間が動き出すことに戸惑いを隠せない白い少女。
少女を思い切り右こぶしで殴り倒す。
紙くずのように吹っ飛ばされる少女。
ユウは倒れた少女の顔を何のためらいもなく力任せに踏みつける。
ごっと鈍い音が鳴る。
その足で、呪文を発声できぬよう口を封じる形で押さえつける。
ユウは、少女を踏みつけ見降ろしたまま、先ほどザキを食らいかけた時よりも
さらに興奮した口調で、そしてまさに鬼の形相でこう言った。
『ありがとう!!本当にありがとう!!
  もはやお前には感謝の言葉しか出ない!!!
  3つのことに感謝する!
  一つ目は、俺の甘さに気づかせてくれたことだ!
  俺がこんなに甘かったとは!お前のおかげで気づくことができた!
  本当に勉強になったよ!
  この状況で見よう見まねでマホトラを詠唱?魔法力ゼロからの反撃?
  俺は想定していなかった。ホント、勉強んなったよ。
  二つ目は、俺を殺してくれたことだ!
  死んだ人間も殺した人間も見てきた。人を殺す経験も積んだ。
  しかし、殺されたことだけは、経験できなかった。
  勉強んなったよ!死を学ぶことで生を学ぶことができた!
  他の何にも勝る圧倒的経験値。本当に勉強んなった。
  俺自身の生きたいという意思!それを気づかせてもくれた!』
  
『そして三つ目は・・・』

『お前に・・・最高の女に巡り合えたことだ!!・・・心から、ありがとう。』
少女は死んだ魚のような目でじっとこちらを見つめる。
 
『さて・・・こいつはしゃべれないし・・・、まぁ文字くらいはかけるだろうな。
  よし、場所を変えよう。そこの宿屋にいって落ち着いて話をしようか。』
そういって、少女に優しくさるぐつわをし、宿屋へ連行することとなった。
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